~ムーンプランナーができるまで~

はじまりは、借金

「明日までに50万払わないと、家を取られる」

ある日かかってきた電話で、そう母が言いました。
そこから、私の大勝負(つまり、意図しない起業)が始まったのです。
もともと田舎でレストランをやっていた実家ですが、過疎化の影響などもあり、私が高校生の時にすでに立ち行かなくなっていました。
いざ私が大学受験と言うときにはもうお金がなく、受験も何もなく人生の幕はいきなり閉ざされてしまいました。
突然未来がなくなってしまった私はしばらく呆然としていましたが、その間にも家の状況は悪くなる一方で、だんだん追いつめられた父が暴れるようになり、最終的に「ここにいたら死ぬか殺すかどちらかだ」と思って家を出ました。

その数年後、かかってきた電話が冒頭の内容です。

50万なんかない。
でも実家には大きなセントバーナード犬もいるし、祖父母も住んでいる。
両親だけなら自分たちの事業を失敗したわけだし、さっさと家を手放して、小さな家で暮らせばいいと無視するところでした。
でも、どうしたものか。

結局、兄弟のお金をかき集めて、その時の50万円は払いました。
でもどうせまたお金がなくなったら電話がかかってくるのだろう。
たとえ私が結婚していても、そういう電話がかかってくるのだろう。

「三年間踏ん張って。なんとかする」
なぜか、私は電話でそういっていました。
あては全くありませんでしたが、この三年間で実家にどうにかお金を得る手段を作らなくては、私の人生もまためちゃくちゃになると思いました。
すでに十分めちゃくちゃなのに!
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いきなり人生を賭けた起業

そこから、私の大勝負が始まりました。
二度と戻るかと思っていた実家に戻り、設備状態を確認し、できることを考えました。
ひどい有様でした。お金がないから修理できずに食器棚と化したオーブン。電気代節約のために冷蔵庫は電源を抜いてある。
これではなにもできないと思いました

考えに考えた結果、手作りマシュマロを作ってネット通販しようと決めました。
唯一動くプロユースの泡立て器で、マシュマロが作れたのです。

わたしは別にパティシエでもないし、サイトを作れるわけでもないし、写真も撮れないし、経営もよく知りません。
それでも、この荒廃した実家で月に何万円かをコンスタントに稼ぐ仕事を作らなくては、私の人生は最悪なものになることだけは確かでした。
その状況の前で、やったことがないからできません、勉強したことがないからわかりません、なんていう言葉はきれいに消し飛びました。

この状況でできることは、地元で人を呼んでレストランを再興するのは時間もお金もかかりすぎるから、ダメ。
さっさとお金になる物販にすること。
それもネット販売で住所を問わずお客にすること。
既にネット販売の経験が実家にあったので、そのまま商品を変えることで無理を極力抑えました。
さらに、マシュマロは砂糖とゼラチンがベースとなるので良質の材料を用意しても、原料がそこまで高額にはなりません。理想的です。
ついでにマシュマロ専門店と名乗っているお店は、当時ネット上ではわずか3店のみ。割ってはいる余地は十分あります。ほかのケーキなどでは有名パティシエでもなければ売れそうもないけれど、マシュマロ専門店とはっきり切り分けてしまえば、カリスマがいなくても人の目を引くことができると思いました。

成功しなければ死ぬんだと、思っていました。
死ななくても、ものすごくしょぼい人生をいきねばならなくなると思いました。
仕事を作ろうと決めたは良いものの、恐ろしいほどお金がありませんでした。
だけど、本当はそれがとても良いことだったのです。

まず決めたのは「お金がかからないことは全部やろう」ということでした。
特に、考えたり計画したりする事はお金がかかりません。
紙と、なにか書くものがあればかなりいろいろできます。
その時に「寝ている間も考えよう」と決め込んで、ありとあらゆることを考えていました。
それは結局お金があってもやらなくてはいけないことだったのだと、後になってわかりました。
お金がなかった分、それは非常にシビアで真剣なものになりました。お金があったら、そんなに真剣に考えなかったかもしれません。

同時に、私は自分の生活のための仕事もしていました。
自分の仕事と、実家の立て直し。
さらに実家の立て直しをしたところで、私になにかいいことがあるなんて思えません。(実際どれほど借金があるのか結局一度も教えてもらえませんでした)
この仕事をやり遂げたとしても、私は何も得ることがないわけです。
3年間で結果がでるともわからない。結果がでても私にいいことは一つも起こらない。それでもやらなければ、私は死ぬかもしれない。自分の生活も保ちながら、実家のビジネスを立ち上げる。無理して実家と東京を往復したり、問屋街を歩き回ったり、そういう細かな出費も全部自腹を切ってやるしかない。なにも私にメリットがないけれど、やらないといけない!

つまり私のモチベーションが切れたら、何もかも終わりになるということでした。

この絶望に満ちた挑戦は、いま振り返ると呆然とします。
結果が出せたから良かったようなものの、なぜこんなにも無謀なことを私はやったのだろうか、と。
肚も座っていましたが、目も据わっていました。
いろいろ考えすぎて、服を着たままお風呂に入りそうになったり、スーパーで買い物をしてカゴごと家まで持って帰ってしまったり、時々訳の分からないことをしていました。
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みんな関係ない!自分のやりたいようにやってしまえ!

そうやってうっかり過酷な起業を始めてしまった訳ですが、少しずつ何が必要なのかがわかってきました。

それは「人の意見を聞いてる暇はない」ということでした。

世の中にある方法論は、結構時間がかかるものが多いです。
さらに言うと、多くの情報は「誰かが儲かるための情報」がほとんどです。特にネット上のタダで手に入るような情報はそんなものの寄せ集めです。

そもそも実家のレストランが失敗した大きな原因は、エセコンサルタントのご意見や、専門雑誌の無責任な「看板のないお店が流行る」というような情報に踊らされた結果だったと思います。

なにが専門家だ!ひとつのレストランも救えずに偉そうに!
私の中ではそのような怒りが沸々とわいていました。
あんたらのせいで私は未来もいきなり閉ざされて、家庭内暴力の中で数年間の若くて楽しい時を無駄にしたんだ!
部屋に灯油をまかれそうになって必死で止めるような散々な20歳だったんだ!
絶対に、それがたとえ有名なコンサルタントであったとしても、人の意見は聞かないと心に決めました。
(まあ、ある意味なんの因果もない逆恨みですけど)

そもそも目指しているのは月に20万円くらいのお金が入ってくること、それが10年くらいだけ続くことです。
たいして高い目標ではありません。
しかしそれがどれだけ難しいか、過疎地なめんなよ?という実感は、東京に住んでいるようなコンサルタントにわかるわけがありません。
もう全部、自分の感覚でやろう。
上司も取引先もいないのだし。うまく行くかどうかもわからないのだし。うまくいったとしても、小さな規模の話だし。
私のモチベーションが切れたら、全部終わりなんだから、私の気持ちを一番大事にしないと。

 

世の中のルールを無視して月の満ち欠けでかんがえる

そう思って、ひとつなにかが吹っ切れてからふと思いついたことがあります。
月の満ち欠けに沿ってビジネスを展開するととてもスムーズに物事が運ぶということを本で読んだことがあったのです。

たとえば、新月から満月の間は広がっていく時期なので広告を入れる。
満月からは広告はやめて、市場調査や顧客管理などをする、というものです。

その時、上司も取引先もないのでスケジュール管理が逆にできないという奇妙な状況に陥っていたので、なにか「締め切り」のようなものがほしかったのです。
じゃあ、月の満ち欠けをつかおうか、と。
オカルティックだとしても、誰も困りません。だってわたししかいないんだもん。

そこからムーンプランナーの原型ができあがっていきました。

その頃の仕事は、土日が一番忙しい受付の仕事をしていました。
そのため、普通の月曜始まりの手帳は非常に使いにくかったのです。
使いにくいというか、そのレイアウトに全く意味がないというか。

そんな感じだったので、自分でスケジュール帳を作ろうと思った時最初に思ったのが「曜日基準の表にしなくてもいいんじゃない?」ということでした。

それと「新月に願ったことは叶いやすい」という新月の願い事も全力でやりました。
だってお金ないし!ほかにできることもないし!自己満足なセルフブランディング名刺をつくるお金があるならその金でパッケージのサンプル一つでも買う。っていうか、それで借金返せ!ぐらいの切迫状況です。
(名刺がないなら笑ってごまかす、笑って済むことはトコトン笑ってすませるのも作戦のひとつでした。お金かからないし)
3000円のお金を、役に立ちそうな本を買うのか、サポートしてくれた人のお礼のプレゼントを買うのか、おいしいご飯を食べて英気を養うのか、どれが一番リターンが大きいかを常時精査するようなシビアな日々でした。
書いて叶うなら書くさ!
タダだし!!
という「死ぬときはどぶの中でも前のめり」スピリッツ。
なので、かなり真剣に書いていました。

真剣になればなるほど、ある意味「箇条書きで2個以上10個以内」というルールがなにかそぐわなくなってきて、途中から「新月には事業計画を毎回刷新する」みたいな流れになっていました。
A4の裏紙にびっしり書いていました。半分以上「こうなってこうなってこうなったらいいなー」という妄想の計画。
いいんです!だって夢を書く日なんだもん!
そしてそれを書いているときは非常に楽しかったです。

じゃあ、新月の願い事を書く欄も必要だから、新月の日の枠は大きくしてしまおう。
もちろん曜日なんかどうでもいいから、新月から始まるカレンダーにして、満月からは別のページにしよう。
一枚にそんなたくさん日にちがはいってもごちゃごちゃしそうだし、ページが切り替わるすがすがしさが多めに味わえるから。

そうやって、トラベラーズノートの方眼ノートにムーンプランナーの原型を手書きで作っていきました。

 

思いがけない効果

ムーンプランナーの原型を手書きで作って使うようになって、一番最初に感じたのは妙な「充実感」でした。
なにせ1ページ内の日にちの数が少ないので、ちょっと予定を書いただけでもなかなか充実した様子になります。その日の出費の額をメモしているだけでもちゃんと使えている感じがありました。
しかも、ページが切り替わる頃にその期間の振り返り(出費のまとめとか、運動した日の日数をかぞえるとか)をするのも、とても心地よかったのです。

もともと手帳好きだけど、あまり書き込まないタイプの人間だったので、よろこんでバーティカルスケジュール帳(一日24時間の目盛がふってあるタイプのスケジュール帳)を買っても、なかなか使いこなすことはできませんでした。「夢をかなえるひとの手帳術」(藤沢優月・著)という本からスケジュール管理が仕事だけでなく、生き方までカバーできるということに感銘を受けて手帳が好きになったのですが、まったく私の生活にはバーティカルがとけ込みませんでした。
正直仕事のスタートの時間さえ把握していれば、終わりの時間まで自分で時間管理する必要はない仕事でしたし、プライベートも忙しいとはいえ、そんな分刻みで動いていたわけでもないので、まったく宝の持ち腐れ(持ち歩くときの重さは結構なものです)。

そしてそんなにアナログログ魔(手帳やノートに記録をつけまくるタイプのメモ魔。SNSやブログなどに連投するデジタルログ魔もいて、私は紛れもなくこちらのタイプ)でもなかったわけです。
なので、丁寧に手帳を選んでも、いつも白紙の割合のほうが多かったです。

それが自分で作ったにせよ、ある程度使いこなせている!

その充実感に加え、およそ2週間で見開き1ページという絶妙な期間の繰り返しがものすごくいいリズムだと実感し始めました。

一週間だと、短いのです。なにかをしようとすると、休みの日は週に2、3日だし、やろうとしたことが思いの外できない。
かといって、一ヶ月だとこれはこれで長すぎます。
この約二週間は、それをカバーするのにぴったりのタームでした。
それなりになにかが実行できて、疲れ切る前に見直しのタイミングがやってくるのです。
これは、時間もお金もない追いつめられていた私にはものすごく重要なことでした。
軍隊などで行軍の際に非常にこまめに休憩を挟むという話を聞いたことがあります。1時間歩いて5分休憩を入れる方が、3時間歩いて30分休むよりずっと早く目的地に到着する、というような話でした。
モチベーション管理にこれはとても重要なポイントのようでした。
「夢は大きく、目標は低く、見直しはこまめに」
あちこちで言われていることをかき集めて個人的に翻訳すると、こんな感じです。

しかもとても良かったのが、月の満ち欠けというのは、現代社会の文脈に全くそっていません。
金曜日はお休みの前日だからお酒を飲みに行って、土曜日は少しのんびりしよう、なんていうしがらみが全くないのです。
月曜日だろうが水曜日だろうが「はい満月!ここからページがかわりまーす」という一方的な感じ。
それが「予測できない、いい意味で」という効果をもたらしました。
こまめな見直しタイミングは、ぜんぜん社会生活の時間割にあわせてこないのです。金曜日だから今週の振り返りをしましょう、みたいな話が分かる感じが全くありません。
そんな心の準備がぜんぜんできていないときにこそ、振り返りに意味がありました。素直に今を見直すには、心構えがない方がよいようです。

このふたつの効果だけでも、追いつめられていた状態の私はかなり救われました。
まず自分がやっていることが少しずつでも進んでいるような感じが持てたこと。
それと社会の時間割に沿っていないタイミングでスケジュールを組ませられるので、自分がどれだけ追いつめられているのかをすっかり忘れさせられていたのです。

 

中期的な目標、モチベーション管理が一番むずかしいらしい

月の動きにあわせてビジネスを作り出していくうちに、別の効果を実感することになりました。
それは、効果が現れない時の焦りが半減したということです。

せっぱ詰まっている中でなにかを始めると、すぐに結果が出てこないと本当に心が折れます。
ちょっとだけ結果がでて、いける!と思ったきり、ぜんぜん停滞してしまったりすると更に不安が膨れ上がって、非常に精神力が削られます。
この心が折れる停滞期は、ほんとうにほんとうに長い時間です。
すごい結果というのは人から見れば短期間でも、やってる方は3年間も死ぬ気で精神力削って体力もお金も、人生丸ごと賭けてやっているわけです。3年は長い。中学生も高校生になるくらい長い時間です。そのくらいの間、ずっと結果もでるかわからない中で物事を進めていかなくてはいけませんでした。
この停滞期の苦しみは、もう言葉になりません。

それを、月の満ち欠けでいろいろ考えると、ざっくり半分にすることができたのです。
たとえば集客がいまいち結果が芳しくない、というときは「今は満月から月が欠ける時期だから集客にお金を使っても効果でにくいというし、そこにお金を使うのはやめておこう」「そのかわり新月すぎたら集客に力を入れよう」とやることを半分に考えることで、焦りや不安を半減させました。
考えても仕方のないことは山ほどあります。
それを考えてしまうのが人間です。それもちゃんと考えておいたほうがいいことでもあるのだけれど、誰にもキャパシティはあり、それを超えるとなかなかしんどいことになります。

それを「今はタイミングがわるいから」と放り投げられるというのは、結構大事なことでした。
なにか易学とか風水とかでバイオリズムを割り出して、というのはちょっと素人には無理がありますが、ものの一週間二週間の月の満ち欠けに丸投げするのはさほど難しくありませんし、そのわずか一週間がほんとうにつらいのですから、そこさえ乗り越えてしまえばまた元通り頑張れるようになれました。

「実は中期的なモチベーション管理が一番難しい」というのは、最近になって知りました。
年単位の目標や、今日明日の細かなところはできても、1ヶ月とか3ヶ月というのは中だるみもあり、なにかと難しい。
それは本当に実感します。

月のリズムというのは、文字通り日々のリズムの更に大きな単位で、毎月単位のリズムになります。太陽のリズムは更に年単位のリズムとなります。つまり、中期的なリズムを刻んでいるのが、月の周期です。

月の満ち欠け単位で考えると、一ヶ月は2面展開です。
A面は新月から満月まで。「ここからスタート、広げる、ふやす、吸収して大きく膨らむ」などがテーマになる時期です。なにかつまづいたことがあってももう一度スタート!と勝手に仕切り直してくれます。
B面は満月から新月までです。ここは「進まないこと、目に見えないこと、終わること」など、通常は嫌われる内容も「スケジュールの一環です」とばかりに配置されており、そんな状況が発生しても苦しくないというか、むしろうまく進んでいるなという実感になったり。

これらはこまめに入れ替わり、しかも日数がきっかり14日ではなくその時の周期によって変わります。そこにも「予測できない、いい意味で」効果があって、いつも新鮮な日数なのです。

いつも新しい。そしてコンパクト。
その上、やることがよくわからなくなった時には大まかな指針をくれる。

これだけでも、ひとりでなんの支えもない孤独な起業は大きな後押しをもらいました
つまり、一番難しい中期的なモチベーションが途切れなかったのです。

「成功する方法は多種多様だが、成功しない方法だけはたったひとつしかない。あきらめてやめてしまうことだ」

うっかり私はあきらめることなく、そして想像以上に早いスピードで、想像以上の結果を作り出すことができました。
たった3年で、借金まみれの無名状態から8桁の売上を叩き出すまでになったのです。(利益はかなり少ないんですけどね…。ちなみに、今はもう関わっていません)

 

月の力は?

さて、では月にはどんな力があるのでしょうか?

月には絶対こんなエネルギーがある!
月のエネルギーを受け取って開運しましょう!

・・・と、声高に言うのは、正直少し違うような気がしています。

これらは、月の力と言うよりも、スケジュール管理のひとつであったり、時間との関わり方を「社会の時間割」から飛び出した結果だったような気がします。

しかし月の影響力がないのかといえば、そんなことはありません。
現に、私はもともと満月前後はいつも絶不調になる体質です。
自然界で確認できる月の満ち欠けに関する様々な現象は、それだけ月の影響力の大きさを物語っていると思います。

が、人間はかなりの部分でそういうものから影響を受けないように技術革新を重ねてきました。
冬の寒さや、不衛生さから発生する病気、夜の暗さも、人々はその力で乗り越えてきました。
月にまつわる様々な伝承は、確かに迷信と言える部分もそれなりに大きいと思います。

でも、やはり人間も自然の一部であることは紛れもない事実だと思います。いくら技術が発達しようとも、自然の動きは圧倒的な存在です。
人間の社会生活は、どこか不自然な時間の流れに自分を閉じこめて日々を過ごしている人がとても増えているような気がします。
かといって、今更旧暦などの自然のリズムに近いカレンダーで生活するのは、不可能とは言いませんが、結構な無理を強いることになります。

ムーンプランナーは、今のカレンダーのレイアウトを変えただけなので、実際には旧暦カレンダーではありません。太陰暦でもありません。(太陰暦は新月が1日に当たりますが、ムーンプランナーは日付は普通通りです)
ただ、レイアウトが違うだけです。
それだけなのに、強烈な印象を与えます。
でも使い始めると、普通のカレンダーと同じように使えます。
慣れると、今まで書いてきたような思いがけないリズム感を感じ取れるようになってきます。
一見平坦に見える毎日も、実は大きく緩やかにリズムを刻んでいて、そのリズムがあまりに正確なことにぼんやりと気づき始めます。昨日も今日も、毎日は続いているけれども、いつも新しい。
それに、揺らぎがあることこそ安定の証拠であって、少しぐらいうまく行かなかったり苦しいことがあったとしても、繰り返し息を吸ったり吐いたりするようにリズムを繰り返す大きな安定の中にいることを実感し始めたりします。
たぶん、これだけでも「月の力」なのかなと思います。
(普通のカレンダーを使わないで生活する人は希有だと思うので、ほとんどの人がムーンプランナーと普通の手帳やカレンダーを併用していると思います)

月の特別なエネルギーみたいなものは、多分あるとは思うのですが、今のわたしでは何とも説明ができません。

個人的に感じたのは、シンクロニシティと呼ばれるような偶然とか、何でもかんでも想像通りに物事が運んでいくとか、そういうことを感じることはありました。
でも「叶う範囲の願い事」しかしていなければ、だいたいの願い事は叶ってしまうし、自分でできる範囲の事しか想定していなければすべては想定通りに運んでいきます。
ただ、確かに起業に関しては奇跡的なことだったとは思いました。
奇跡はよく起こる、というのが私の考えのベースになるくらい、よく起こりました。

月がなにかをしてくれるわけではありません。
どんなにお金がほしいとおもっても、空からお金が降ってくることはなかったです。
だから、結局は全部自分でやるしかない。
でも、その自分であれこれやる事を、なんとなくそっと穏やかなリズムでさりげなく支えてくれる。そんな存在でした。

地球上のすべてが、月の影響を受けています。
それをちょっと思い出すだけで、実は滞っていた部分がすんなり穏やかになったりする事はあるのだろうなと思います。
月の力とはこういうものです!と言い切ることはできないけれど、気づけば思いの外多くの恵みを与えてくれたと思います。

その淡々としたリズムをすくい取ったのが、ムーンプランナーです。
きっと何か思いがけない効果があると思います。でも、それがどう出てくるのかは、まだ未知数です。
けれど、本当に完璧なリズムを繰り返している満ち欠けスケジュールをそっとノートに挟み込んで、何度迷っても悩んでも、少しづつ進んでいこうと思っています。

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